康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 766 ページ)
【午集上】【田部】疇;康煕筆画:19;頁碼:766 頁第 40 行
古文【唐韻】直由切【集韻】留切【正韻】徐留切、音は酬。耕して田を治むるの義。
又【礼記・月令】季夏の月、田に肥を施すべし。【疏】穀を種うるを田と曰ひ、麻を種うるを疇と曰ふ。【斉語】山陵・阜陸・隰壌・井田・麻田を均しく分ちて民怨なし。【注】麻地を疇と曰ふ。
又【左伝・襄公三十年】我が田を奪ひて之を疇す。【注】田畔を疇と曰ふ。
【史記・秦始皇本紀】男は其の田を楽み耕し、女は其の業を勤めて紡ぐ。
又【爾雅・釈詁】疇は誰の義。【尚書・堯典】帝曰く「誰か時に順ひて登用せらるべきや」。【伝】疇は誰なり。
又【韻会】昔・過去の義。【左伝・宣公二年】羊斟曰く「畴昔(さきのひ)は子が主たりき」。【注】畴昔は前日の謂い。【左思・蜀都賦】畴昔の偉業を歎ず。
又【史記・暦書】故に世家して暦を為す者(疇人)の子弟散ず。【如淳注】家を世にして業をなすを疇と曰ふ。
又類の義。【尚書・洪範】天乃震怒し、九疇を下賜せず。【伝】疇は類なり。【戦国策】今淳于髡は賢者の疇なり。【注】疇は類なり。
又儔・伴侶の義。【易経・否卦】九四、天命あり咎なし、疇皆な祉を受く。【疏】疇は類侶を指す。【嵆康・贈秀才入軍詩】鳴く黄鳥、其の疇を顧みて啼く。【注】疇は侶なり。
又【五音集韻】壅土・培土の義。【淮南子・俶真訓】今夫樹木する者、流水以て灌ぎ、肥壌以て疇す。【注】疇は土を壅ぐなり。
又等しき義。【漢書・宣帝紀】其の爵邑をして先人と等しからしむ。【注】漢の法、始封の侯に非ざれば、世毎に邑を二分減ず。「疇」は等しきの義にして、復た減ぜざるを謂う。【後漢書・祭遵伝】疇は等しきなり。謂う所の功臣の子孫、襲ぐ所の爵は先人と等しきなり。
又沢の名。【淮南子・本経訓】堯乃ち羿をして疇華の野に遣はし、鑿歯を誅せしむ。【注】疇華は南方の沢の名なり。
又国の名。【国語・周語】是れ摯国・疇国にして、太任に出づ。【注】摯・疇は二国の名なり。
又姓。摯国・疇国の後なり。【左伝・哀公十三年】疇無余・謳陽、南より来たる。【注】此の二人は越の大夫なり。
又【韻補】葉音「除」のごとし。【韓愈・王弘中銘】其の管轄を治め、仏を禁ず。風雨時若く、粳稲田に充つ。