【酉集上】【見字部】覘;康煕筆画 12、頁 1134。『集韻』『韻会』に癡廉切、『正韻』に蚩占切とあり、諂の平声に読む。『説文』に「窺う、察す」とある。『左伝・成十七年』「公、人を遣わして覘しめしむるに、実に然り」。『礼記・檀弓』「誠に国を覘ずるに善し」。また『広韻』に「偵す」とある。『旧唐書・職官志』「奸邪詭詐を偵す」。また『集韻』に「沾」に作る場合あり。『礼記・檀弓』「我、喪を執るも亦た衆に此く観らる」。注に「沾は覘と同じ」とある。また時に「佔」に作る。『礼記・学記』「その簡冊を誦ず」。注に「佔は視るを謂う。簡冊を指す」とある。また時に「

」に作る。『類篇』に「窺う」とある。『揚子・方言』「凡そ窃かに窺うを、南楚の間或いはこれを

と曰う」。また『広韻』『集韻』『韻会』に敕豔切とあり、諂の去声に読む。義同じ。また『集韻』に丑琰切とあり、諂に読む。義は「見る」。また『類篇』に都含切とあり、耽に読む。義は「婉言して諫む」。一説に「首を挙ぐ」を指すという。また『字彙補』に公低切とあり、稽に読む。『唐・蘇遡・朝覲壇頌』「虞氏を観る」。