毕

発音
五行
吉凶
画数11 画

基本情報

発音
五行
吉凶
部首
簡体画数 6 画
繁体画数 11 画
繁体字:

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 761 ページ)
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【午集上】【田部】畢;康熙画数 11;頁 761【広韻】卑吉切、【集韻】【韻会】【正韻】壁吉切、音は必。【博雅】に「畢は竟るなり」とある。【書・大誥】に「予曷敢不継先人之業、以終其所受之福乎」とある。【左伝・荘公二十九年】に「至日而畢す」とあり、注に「冬至の日、陽気始めて萌動す、故に土工畢る」とある。また「すべて」の意を表し、「窮尽」の意もある。【詩・小雅】に「悉く来たり、既に堂に昇る」とあり、【礼記・月令】に「仲春の二月、門扇を修理し、宗廟すべて備わる」とあり、注に「畢はすなわちすべてなる意なり」とある。また【郊特牲】に「社のために田猟するのみ、国中みな出でて働く」とあり、疏に「畢は尽くるの意なり」とある。また月の名。【爾雅・釈天】に「月在甲なるを畢と曰う」とある。また星の名。【詩・小雅】に「彼れ彎たる天畢あり」とあり、朱註に「天畢はすなわち畢星なり。形、兎を捕る網(畢)に似たり」とある。【礼記・月令】に「孟夏の四月、日畢宿に在り」とある。また小網を指す。【詩・小雅】に「鴛鴦双び飛び、畢と羅とをもって之を捕る」とあり、疏に「網目小さくして柄長きを畢と曰う」とある。【礼記・月令】に「猟するに罝・罘を設け、また羅・小網及び射猟に隠るる具を用ゆ」とあり、【揚雄・校獵賦】に「天に比する大網を扛ぐ」とある。また簡札を指す。【爾雅・釈器】に「簡札を畢と曰う」とあり、注に「すなわち今の簡札なり」とある。【礼記・学記】に「今の教うる者は、ただ書本を吟誦するのみ」とあり、疏に「占は見るの意、畢はすなわち簡札なり。経書の義を解せず、ただ声を引きて吟誦し、書本を見るのみ」とある。また牲体を貫く木製の叉を指す。【礼記・雑記】に「畢は桑をもって作る」とあり、注に「主人祭肉を挙ぐるに、畢をもって助く。喪祭には桑を用い、吉祭には棘を用ゆ。畢の形叉に似て、広さ三寸、長さ八寸、柄の長さ二尺四寸、両頭に紅漆を塗る」とある。【儀礼・特牲饋食礼】に「宗人畢を持ちて先に入る」とあり、注に「畢の形叉に似たり。およそ畢星に似たるが故に、此の名を取る」とある。また【儀礼・大射儀】に「司馬正面して東に向かい、弓をもって畢と為す」とあり、注に「畢は執事を教導するを助くる具なり」とあり、疏に「畢は鼎中の祭品を載せるを助くる具なれば、司馬弓を持って畢と為し、指麾布置す」とある。また【揚子・方言】に「車の下の鉄部、宋・淮・楚の間これを畢と曰う」とある。また【字彙補】に「畢門はすなわち路門なり」とある。また地名。【爾雅・釈地】に「畢は堂牆なり」とあり、注に「今終南山の道名、畢はその辺にして堂室の牆に似たり」とある。【詩・秦風・終南何有有紀有堂】の箋に「畢は終南山の道名、辺縁堂の牆に似たり」とある。また国名。【左伝・僖公二十四年】に「畢・原・酆・郇は文王の子なり」とある。【史記・建元以来王子侯年表】に「畢梁侯劉嬰」とある。また姓。【左伝・閔公元年】に「畢万車右と為る」とあり、【国語・晋語】に「畢陽を得」とあり、注に「畢陽は晋の士なり」とある。また神名。【博雅】に「木神を畢方と曰う」とあり、【張衡・東京賦】に「況や鬾と畢方とをや」とあり、注に「畢方は老父の神、鳥のごとく足二つ翼一つあり、常に火を銜えて人家に怪異をなし禍を作す」とある。また鳥名。【山海経】に「章莪の山に鳥あり、形鶴に似て足一、文赤く身青く嘴白し、名けて畢方と曰う」とある。また「彃」の字と同じ。【帰蔵鄭母経】に「昔羿射を善くし、十日を射て果して之を落とす」とある。また「縪」の字と同じ。【儀礼・覲礼】に「冠は六升の布をもって作り、外に収束す」とあり、注に「外畢とは冠の前後両端冠圏(武)の処において外に折り返して縫うを謂う」とあり、疏に「外畢とは前後两片の末端外に収束するを謂う」とある。按ずるに【既夕礼】に「畢」を「縪」に作る。また「韠」の字と同じ。【荀子・正論篇】に「艾色の蔽膝を着る」とある。考証:【礼記・月令】「猟するに罝・罘を設け、また羅・小網及び射猟に隠るる具を用ゆ」の条、謹んで原文の「置罘」を「罝罘」に改む。【左伝・僖公二十三年】「畢・原・酆・郇は文王の子なり」の条、謹んで原文の二十三年を二十四年に改む。

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