康熙字典解説
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【戌集中】【阜部】隰;康煕筆画:22;頁碼:1362 頁下段 12。古文。【唐韻】似入切。【集韻】【韻会】【正韻】席入切。音は習。【爾雅・釈地】低く湿った地を隰という。【説文】山の斜面の下で湿潤な地。【釈名】隰とは蟄伏の意なり。蟄には湿潤の含みあり。【書・禹貢】高原と低湿の地はいずれも功を成せり。【詩・邶風】山に榛あり、隰に苓あり。【公羊伝・昭公元年】低く平らなる地を隰という。また【詩・周頌】隰田に行き、畛径に至る。【箋】隰とは新たに開墾された田を指す。【疏】隰は地形についていえば未開墾の地を指すゆえ、新開の田を指すと知る。また【左伝・桓公三年】汾水の隰にて翼侯を追う。【注】汾隰とは汾水辺を指す。【後漢書・西羌伝】昔、晋侯は汾水の隰にて北戎を破れり。【注】二河の名なり。按ずるに、汾隰は『左伝』の注に従うべし。また地名。【左伝・隠公十一年】周王は鄭人に隰郕を与えたり。【注】懐県の西南に在り。【前漢書・地理志】西河郡に隰成県あり。また【左伝・文公十六年】先君の蚡冒、まさに陘隰を服せしむるを得たり。【注】陘隰は地名なり。また【広韻】州名。『左伝』に曰く、重耳は蒲に居り、これ隰川州にして、すなわち旧時の蒲城なり。漢代は蒲子県、後に北魏・北斉・北周の間は沁州なり。隋代は隰州となり、州城の前に泉ありて地勢低湿なるにより、おそらく低湿の義を取って名づけたるならん。また姓。【左伝・僖公九年】斉の隰朋、軍を率いて秦師と合し、晋の恵公を送りて帰国即位せしむ。また【集韻】悉協切。音は燮。人名。春秋伝に公子隰あり。按ずるに、春秋襄公八年、鄭人蔡を侵して蔡の公子燮を獲たり。燮は『穀梁伝』に溼と作る。釈文に曰く、溼は本また隰に作り、また燮の音に読むと。これ隰の字は直ちに燮に通ずるのみならず、音同じきのみなるにあらずを示すなり。【玉篇】𨻸と同じ。【集韻】あるいは湿と作る。