【申集下】【衣部】襲;康熙筆画:22;頁碼:1127 頁上段 06。古文に「褶」を作る。『唐韻』・『正韻』は似入切、『集韻』・『韻会』は席入切、音は習。『玉篇』に「重衣なり」とあり。『礼記・玉藻』に「裘の裼は美を見するなり。服の襲は美を充すなり」とあり。また『楽記』に「周還し裼し襲するは礼の文なり」とあり。また『通鑑』に「趙の烈侯、公仲連に衣二襲を賜う」とあり。注に「上下皆具わるを襲と曰う」とある。また『説文』に「左衽の袍なり」とあり。また「服する」の義。司馬相如『上林賦』に「朝服を襲す」とあり。また「合する」の義。『周語』に「朕が夢、朕が卜に協ひ、休祥に襲いて、商を戎むる必ず克つべし」とあり。また「因る」の義。『礼記・曲礼』に「卜筮相襲せず」とあり。また「重なる」の義。『左伝・哀公十年』に「卜は吉に襲らず」とあり。また「入る」の義。『晋語』に「大国小国を道きて之を襲うを服と曰い、小国大国を敖りて之を襲うを誅と曰う」とあり。また「受くる」の義。『左伝・昭公二十八年』に「故に天禄を襲いて、子孫之を受く」とあり。また「其の不備を掩う」の義。『左伝・荘公二十九年』に「凡そ師、鐘鼓有るを伐と曰い、無きを侵と曰い、軽きを襲と曰う」とあり。また「雑襲」は雑沓の義。『前漢書・蒯通伝』に「魚鱗雑襲し、飄として風起るがごとし」とあり。また姓なり。『通志・氏族略』に「晋に隠士襲元之あり」とあり。『南史』に「襲蔿あり」とあり。『玉篇』に籀文は「

」に作る。『篇海』にまた「𧞵」に作るとあり。