康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1437 ページ)
【亥集上】【馬部】駝;康熙筆画:15;頁碼:1437 頁 04 行
【広韻】徒何切【集韻】【韻会】【正韻】唐何切、音は陀。
【玉篇】駱駝なり。一に馲驼と作る。
【前漢・西域伝】鄯善国に馲驼多し。
【注】師古曰く、背に肉鞍あり、隆起して封上の若く、俗に封牛と呼ぶ。或る曰く、駝の状馬に似て、頭羊に似たり。項長く、耳垂れ、蒼・褐・黄・紫の数色あり。性寒に耐え熱を悪む。夏至に至れば毛退きて尽くす。人載せんと欲すれば、輒ち足を屈げてこれを受く。敦煌より外国に至る、流沙千余里、水無し。伏流あり。駝其処に遇えば、停まりて進まず、足以て地を走り、之を掘れば、常に水を得。又青海の北、夏に風ありて行旅を傷う。風将に至らんとすれば、駝先に頸を引いて鳴き、鼻口を沙中に匿す。人これを見れば、則ち毡を以て口面を擁蔽し、其の患を避く。其の臥すや腹地に帖せず、足を屈す。糞の煙直上に狼煙の如し。亦た橐驼と名づく。
【古諺】見る所少なければ、怪しむ所多し。橐驼を見て、馬の背腫れたり以為す。
又【唐制】駅置に明駝使あり。辺塞の軍機に非ざれば、擅発するを得ず。俗本明を鳴に改むるも、非なり。
又通じて它と作る。
【揚雄・長楊賦】橐它を駆る。
又背偻なり。
【柳宗元・郭橐驼種樹伝注】人の背駝なれば仰ぐ能わず。或いは他と作る。
【荘子・徳充符】衛に悪人哀駘它あり。
【注】它与駝同じく、背偻なるを言うなり。
又凡そ畜以て物を負うを駝と曰う。或いは佗と作る。
【前漢・趙充国伝】一馬を以て自ら佗負す。別に駞と作る。
【李白詩】呉姫十五細馬駞す。
考証:【前漢・西域伝】鄯善国に馲驼多し。謹んで原文に照らし鄯善を鄯善に改む。
【荘子・徳充符】衛に悪人哀駘它あり。
【注】它与駝同じ。謹んで原文に照らし哀駘它を哀駘它に改む。注中の它字を它に改む。