商

発音SHOU,AKINAU
五行
吉凶
画数11 画

基本情報

発音 SHOU,AKINAU
五行
吉凶
部首
簡体画数 11 画
繁体画数 11 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 194 ページ)
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【丑集上】【口部】商;康熙筆画:11;頁碼:194 頁下段第 32。古文。『唐韻』式陽切、『集韻』『韻会』『正韻』尸羊切、音は觞。『説文』に「外より内を知る」とあり、から、章を省きて声とす。『広韻』に「度る」とあり。『易・兌卦』九四に「兌を商じて未だ寧からず」とあり。注に「商とは商量し裁制するを謂う」という。『礼記・曲礼』に「槀魚を商祭と曰う」とあり。注に「商は猶お量るがごとし」という。疏に「祭に干魚を用い、燥湿を量度して中を得て之を用うるなり」という。また『玉篇』に「五音の金音なり」とあり。『礼記・月令』に「その音商」とあり。注に「商の数七十二、金に属する者は其の濁り宮に次ぐ、臣の象なり。秋気和すれば則ち商声調う」という。『前漢書・律暦志』に「商なる言は章なり、物成り孰すれば章度すべし」という。『白虎通』に「商とは強きなり」という。『梁元帝・纂要』に「秋を素商と曰い、亦た高商と曰う」という。また『説文』に「行賈なり」とあり。『易・復卦』に「商旅行ぜず」とあり。『周礼・天官・大宰』に「九職、六に商賈あり、通貨賄を阜つ」とあり。注に「行くを商と曰い、処するを賈と曰う」という。『広韻』に「本と作る。俗に啇と作るも非なり」という。また『集韻』に「刻む」とあり。『詩・斉風・東方未明』疏に「尚書緯に刻を商と謂う」という。『儀礼・士昏礼』注に鄭の目録云く「日入りて三商にして昏と為す」という。疏に馬氏云く「日の未だ出ずる前、日没の後、皆二刻半なり。三商と云うは整数に据りて言うなり」という。『正字通』に「商とは漏箭の刻む所の處なり。古に刻镌を商と為し、所謂商金・商銀是れなり。刻漏とは其の痕を刻みて水を検するなり」という。また『広韻』に「張るなり、また降るなり、また常なり」という。また国名。『詩・商頌譜』に「商とは契の封ぜられし地なり」とあり。疏に「鄭は湯が契の封ぜられし所を取りて代号と為すとし、服虔・王粛は然らず。襄九年『左伝』に曰く『閼伯商に居り、丘に相土これに因る』。服虔云く『相土は契の孫にして商丘に居り、湯以て号と為す』。また『書序』王粛注亦た云く『然るに契の商に封ぜられしことは書伝・史記に見え、其の文甚だ明らかなり。経典の商と言う者、皆単に商と謂い、未だ商丘と称する者なし。また相土の殷室に至るは王跡の因る所に非ず、何ぞ当に其の居する所を取りて代号と為さんや』」という。また地名。『左伝・僖公二十五年』に「楚の克・屈御寇、申・息の師を以て商密を戍む」とあり。また『春秋・襄公二十一年』に「商任に会す」とあり。また『戦国策』に「高商の戦い」とあり。また州名。『広韻』に「即ち古の商国なり。後魏洛州を置き、周は商州と為し、商于の地を取って名と為す」という。『戦国策』に「衛鞅魏を亡げて秦に入り、孝公以て相と為し、之を商に封じて号して商君と曰う」とあり。『史記・張儀伝』に「臣請う商于の地六百里を献ぜん」とあり。注に「商州に古の商城あり、其の西二百余里に古の于城あり」という。また商陵、漢の侯国にして臨淮に在り。『史記・恵景閒侯者年表』に見ゆ。また姓。『史記・仲尼弟子伝』に商瞿・商澤あり。また『諡法』に「功を昭にし民を寧んずるを商と曰う」とあり。また謫に通ず。『荀子・儒効篇』に「徳を謫めて次を定む」とあり。注に「謫は商と同じ」という。また『集韻』諸良切、音は章。度る。『書・費誓』に「我商じ汝に賚う」とあり。『釈文』に「商は字の如く、徐は音章」という。考証:『周礼・天官・大宰』「九賦、六に商賈あり、通貨賄を阜つ」は、原文に照らし「九賦」を「九職」に改む。

康熙字典現代語版

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