康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1434 ページ)
【亥集上】【馬部】馹;康煕筆画:14;頁碼:1434 頁下段 23。『唐韻』『正韻』人質切、『集韻』『韻会』入質切、音は日。『説文』に「驛伝なり」とあり。『玉篇』に「伝なり」とあり。『爾雅・釈言』に「伝なり」とあり。注に「皆伝車・驛馬の名なり」とある。『左伝』文公十六年に「楚子、馹に乗りて、臨品に師を会す」と見える。『正字通』に按ずるに、『六書故』曰く、「馬を置いて馳せに代え、疾きを取る。車を以ては伝と称し、騎を以ては馹と称す」。楊慎曰く、「『孟子』に『郵を置いて命を伝う』とあり。古注に『置は驛なり、郵は馹なり。置は緩く郵は速く、驛は遅く馹は疾し。置には安置の意あり、猶お今制の日行一程のごとし。郵には過ぎて留意せず、猶お今制の倍道兼行のごとく、速やかに馳せるを言う』とあり。後世、馹字の義に通ぜず、馹を驛の省文と為す。永楽中に『春秋大全』を製して、尽く『左伝』の馹字を驛に改め、驛と馹と溷じて分たず、故に経を解する皆謬れり。元の許謙云う、『馬遞を置と称し、歩遞を郵と称す』は、皆臆測の妄説にして、初め所祖とするところなく、古注を思わざるなり。もし郵を馹と訓ずれば、歩遞の字ならば、何ぞ馬に従わんや。此の説に拠れば、馹と驛とは義別なり。存して考覈訂正に備う」。考証:『爾雅・釈言』に「遽伝なり」。注に「皆伝車・驛馬の名なり」とある。謹んで按ずるに、原文は「馹、遽、伝なり」にして、馹・遽を伝と訓ずるを謂い、馹を遽伝と訓ずるに非ず。謹んで原書の文義に照らし、遽を改めて馹と為す。また原文の「馹馬」を「驛馬」に改む。