强

発音KYOU GOU,TSUYOI SHIIRU TSUYOMARU
五行
吉凶
画数11 画

基本情報

発音 KYOU GOU,TSUYOI SHIIRU TSUYOMARU
五行
吉凶
部首
簡体画数 12 画
繁体画数 11 画
繁体字強,彊
異体字

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 359 ページ)
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【寅集下】【弓部】強;康熙画数 11、頁 359。『説文』徐鉉注に「彊」に同じ。秦の刻石文字は「口」に従う。「強」と同じ。強、『唐韻』巨良切、『集韻』『韻会』『正韻』渠良切、音は「彊」に同じ。『玉篇』に「米中の蛀虫」とある。『爾雅・釈虫』に「蛄、すなわち強なり」とあり、注に「今、米穀中の小黑虫これなり。建平の人は之を子と謂う」とある。『揚子・方言』に「蛄を強と謂う。江東の人は之を□と謂う」とある。また『爾雅・釈虫』に「強蚚」とあり、疏に「強は虫の名。別に蚚と名づけ、自らその身を摩るを好む。蓋し蠅の類ならん」とある。また「強丑捋」とあり、注に「足を以て自ら摩る」とある。また「彊」に通ず。『広韻』に「剛強の義、健壮の義」とあり。『礼記・曲礼』に「四十を強と謂い、仕うべし」とあり、疏に「強に二義あり。一には四十にして惑わず、智慮強し。二には気力強し」とある。『中庸』に「愚なるも必ず明にし、柔なるも必ず強にす」とある。また『集韻』に「勝る」とあり。『礼記・中庸注』に「南方は舒緩を強とし、北方は剛猛を強とす」とある。また『広韻』に「暴虐」とあり。『史記・田延年伝』に「豪強を誅除す」とある。また算家は余数あるを強と謂う。『古木蘭詩』に「功勲を屡記し、賞賜百千有余り」とある。また歳星の名。『爾雅・釈天』に「太歳丁に在るを強圉と曰う」とある。また姓。『左伝・荘公十六年』に「強鉏を刖す」とあり。『広韻』に「後漢に強華あり、赤伏符を奉ず」とある。また『広韻』『集韻』『正韻』に其両切、音は「彊」の上声に同じ。『集韻』に「勉力」とあり。『爾雅・釈詁』に「勤勉」とあり。『礼記・中庸』に「あるいは強いてこれを行なう」とある。また『韻会』に「強いて装う」とあり。『左伝・荘公十九年』に「鬻拳強いて諫めて楚王に勧む」とあり。『荀子・臣道篇』に「群臣百官を率いて、共に君を強いて矯め正す」とあり、注に「橋は音矯に同じ」とある。また勧勉。『周礼・地官』に「その行いを正し、道芸を学ぶことを強む」とあり、注に「強は勧勉のごとし」とある。『礼記・楽記』に「強みて抑えざれば易し」とあり、疏に「師ただ強みてその解を増し、抑えて知らしめざれば、受くる者順にして易し」とある。また姓。『広韻』に「『前秦録』に将軍強求あり」とある。按ずるに、『後漢書』の強華と『前秦録』の強求とは同姓なり。『広韻』これを二音に分つ。何に基づきて然るや知らず。また『集韻』『韻会』『正韻』に其亮切、音は「彊」の去声に同じ。『韻会』に「木強、和順柔軟ならざる様」とあり。『前漢書・周昌伝賛』に「周昌は木強の人なり」とあり、注に「その剛硬の本質、木石のごときを言う」とある。また『正韻』に「自以为是、倔强」とあり。『前漢書・陸賈伝』に「竟に新立して未だ安からざる越国を以て、ここに倔强して服せず」とあり、注に「屈強、柔順服従せざるなり」とある。『史記』は「屈彊」に作る。また「襁」に通ず。『類篇』に「強、嬰児を負う布兜」とあり。『史記・魯周公世家』に「成王年幼にして強葆の中に在り」とあり、注に索隠曰く「強葆すなわち襁褓なり」。正義曰く「強は広さ八寸、長さ八尺、小児を包裹して背に負いて行くに用いる」。強考証:『周礼・地官』に「その行いを止めて、道芸を強む」とある。謹んで原文に従い、「止」を「正」に改む。

康熙字典現代語版

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