彭

発音HOU,YUKU MICHI SAKAN
五行
吉凶
画数12 画

基本情報

発音 HOU,YUKU MICHI SAKAN
五行
吉凶
部首
簡体画数 12 画
繁体画数 12 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 364 ページ)
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【寅集下】【彡部】彭;康煕字典画数:12;ページ:364 ページ 05 行 【唐韻】【集韻】は「薄庚切」、【韻会】【正韻】は「蒲庚切」と注音し、音は「棚」に同じ。 【説文解字】に「鼓の声」とある。 また軍器を指す。【釈名】に「彭排は軍器なり。彭は旁なり。旁に列して寇を防ぐ」と見える。 また水名。【左伝・桓公十二年】に「楚師が絞を伐つに、軍を分けて彭より渉る」とあり、【注】に「彭水は新昌衛県に在り」とある。 また国名。【尚書・牧誓】に「庸・蜀・羌・髳・微・盧・彭・濮の人々」とあり、【伝】に「盧・彭は西北に在り」とある。 また地名。【詩経・鄭風】に「清人在彭」とあり、【伝】に「衛の河上の地にして鄭の郊外なり」とある。【春秋・文公二年】に「晋侯と秦師と彭衙に戦う」とあり、【注】に「馮翊郃陽県の西北に彭衙城あり」とある。 また州名。【唐書・地理志】に「彭州は垂拱二年に益州より分置す」とある。 また県名「彭城」。【史記・項羽本紀】に「項王都を彭城に置く」とあり、【正義】に「徐州の属県なり」とある。【後漢書・郡国志】に「彭城国彭城県は古の大彭邑なり」とある。 また聚落名「彭亡」。【後漢書・郡国志】に「武陽県に彭亡聚あり」とあり、【岑彭伝】に「岑彭武陽に至り、営する所を彭亡と曰う」とある。 また湖名「彭蠡」。【尚書・禹貢】に「彭蠡既に沢す」とあり、【前漢書・地理志】に「豫章郡彭沢県、彭蠡沢は県の西に在り」とある。 また山名「彭門」。【後漢書・郡国志】に「蜀郡湔氐道県の前に二石相対して門闕のごとし、号けて彭門と曰う」とある。 また姓。【史記・楚世家】に「陸終六子を生み、其三を彭祖と曰う」とあり、【注】に「虞翻曰く、名は剪、彭姓となり、大彭に封ぜらる」とある。【国語・鄭語】に「彭姓の豕韋・諸稽は後に商に滅ぼさる」とあり、【広韻】に「左伝に楚の彭仲爽あり、漢に大司空の彭宣あり」とある。 また【韻会】は「逋旁切」、【正韻】は「博旁切」と注音し、音は「榜」の平声。【玉篇】に「衆なる貌」とある。【詩経・斉風】に「行人彭彭」とあり、【釈文】に「彭、音必ず旁反」とある。 また【玉篇】に「盛大」とあり、【韻会】に「強壮」とある。【詩経・大雅】に「駟騵彭彭」とあり、【集韻】に「強盛の貌」とある。 また【広韻】に「行く」とあり、【詩経・小雅】に「四牡彭彭」とあり、【伝】に「彭彭は息まざるの貌」とある。 また【広韻】に「道」とある。 また【集韻】は「晡横切」、音「閍」に同じ。衆車の声を指す。 また【韻会】【正韻】は「蒲光切」、音「旁」に同じ。【韻会】に「近し」、【正韻】に「側(かたわら)」とある。【易経・大有】九四に「匪其彭、咎なし」とあり、【疏】に「彭は旁の意なり」とある。 また【類篇】に「彭亨は驕盈の貌」とあり、韓愈『城南聯句』に「苦しく腹を開きて彭亨す」の句がある。 また【詩経・魯頌】に「有驪有黄、以車彭彭」とあり、劉歆『遂初賦』に「仁を求めて仁を得れば、固より其の常ならん。信を守り己を保てば、老彭に比せん」とある。 また「魴」に通ず。【公羊伝・成公十八年】に「晋侯士彭をして師を請わしむ」とあり、【注】に「左伝・穀梁伝には士彭を士魴に作る」とある。 考証:【釈名】の原文は「彭排、車器なり」と作る。謹んで『急就篇補注』が【釈名】を引くに、「車」の字を「軍」に作る。これに据って改む。

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