甌

発音OU,HOTOGI
五行
画数16 画

基本情報

発音 OU,HOTOGI
五行
吉凶 なし
部首
簡体画数 15 画
繁体画数 16 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 751 ページ)
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【午集上】【瓦部】甌;康煕筆画:16;頁碼:751 頁下段 22 行目 【唐韻】【集韻】【韻会】【正韻】はいずれも烏侯切と注音し、音は「謳」に同じ。 【説文解字】には小盆と釈す。 【広韻】には瓦器とある。 【正韻】には、現在俗称して碗のうち深きものを「瓯」と呼ぶとある。 【爾雅・釈器】には、瓯と瓿をともに瓵と称すとある。 揚雄【方言】には、罃と甈を盎といい、その小なるものを升瓯というとある。 また「金瓯」の故事あり。 【唐書・崔琳伝】に曰く:初め、唐の明皇は宰相を任命するごとに、まず其名を書き記したるに、一日崔琳等の名を案上に置き、たまたま太子入り来りければ、即ち金盆をもってこれを覆い、「これ宰相の名なり。もし能く之を当てば、直ちに任命して酒を賜わん」と言い給う。太子曰く、「果たして崔琳・盧従願ならんや」。帝曰く、「然り」。 また【韻会】に曰く:西瓯は地名にして、駱越の一支なり。 また東瓯ありて、閩中の地なり。 【史記・趙世家】に曰く:髪を断ち身に青を入れ、臂を交え襟を左に開く者は、すなわち瓯越の民なり。 注に索隠曰く:劉氏の説に、今珠崖・儋耳の人を瓯人と称するがゆえに瓯越ありという。正義曰く:南越に属するがゆえに瓯越と称す。【輿地志】に曰く:交址は周には駱越、秦には西瓯と称す。彼ら文身断髪して蛟龍を避く。しかるに西瓯・駱越はまた番吾の西南に在り。 また【東越伝】に曰く:ここに揺を立てて東海王とし、都を東瓯に置く。 注に索隠曰く:姚氏の説に、瓯は水名なり。【永嘉記】に曰く:水源は寧城より十余里に出で、郡城を去ること五里にして江に注ぐ。昔東甌王の都城あり、亭あり、石をもって路を舗す。今なお遺跡存す。 【山海経】に曰く:瓯は大海の中に在り。 注に曰く:今の臨海県永寧県すなわち東瓯にして、岐海の中に在り。 また【史記・滑稽伝】に「瓯窶満篝」という語あり。 注に正義曰く:瓯窶とは高地にして狭き区域を指し、満筐の収穫を望むの意なり。 また【史記・匈奴伝】に曰く:中に廃地ありて人住せず、方千余里にして、双方おのおの境上に「瓯脱」を設く。 注に韋昭曰く:境上に屯兵して戍守する所なり。索隠曰く:服虔の説に、(匈奴)土室を営みて漢人を窺うという。また【纂文】に曰く:瓯脱とはすなわち土穴なり。 また姓あり。欧冶子は呉の人にして、剣を鋳るに善し。 また【集韻】に於口切と注音し、音は「殴」に同じ。西瓯は駱越の一支なり。

康熙字典現代語版

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