康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 850 ページ)
【午集下】【禾部】秊;康熙筆画:8;頁碼:850 頁 01 行
『唐韻』奴顛切、『集韻』寧顛切。「年」の本字。『説文解字』に「穀熟る」とあり、形は「禾」に従い、「千」を声とする。『春秋・宣公十六年』に「大有秊」と見える。『穀梁伝・桓公三年』に「五穀皆熟るを有年という」とあり、〔疏〕に「穀の一年に一たび熟する義を取る」と釈す。『正字通』に「今、通じて年と作る」という。
「年」の古文。『唐韻』『広韻』奴顛切、『集韻』『類篇』『韻会』寧顛切、『正韻』寧田切。撚の平声に読む。『説文解字』に本字は「秊」で、「穀熟る」の義。形は「禾」に従い、「千」を声とする。『春秋・桓公三年』に「有年」と見え、『穀梁伝』に「五穀皆熟るを有年という」。また『宣公十六年』に「大有年」と見え、『穀梁伝』に「五穀大いに熟るを大有年という」。
また歳・年歳の義。『爾雅・釈天』に「夏に歳といい、商に祀といい、周に年といい、唐虞に載という」とあり、〔注〕に「歳は歳星(木星)が一辰を行う義を取り、祀は四時一巡する義を取り、年は穀の一熟する義を取り、載は事物終りて復た始まる義を取る」と釈す。〔疏〕に「年は穀熟の名なり。毎年一たび熟するがゆえに、以て年歳の名と為す」とあり、『周礼・春官』に「歳年を正して事を序す」と見え、〔注〕に「冬至より至次の冬至までを歳といい、正月朔日(初一)より至次の正月朔日までを年という」と釈し、〔疏〕に「一年の中に二十四気あり。節気前に在り、中気後に在り。節気をまた朔気という。中気一巡を歳とし、朔気一巡を年とする」とあり、『左伝・宣公三年』に「七百年を享く」と占う。
また年齢・歳数の義。『釈名』に「年、進也。進むなり」と釈し、『礼記・王制』に「凡そ三代の王、老人を養うには、みな年を引きず」と見え、〔注〕に「年を引きずとは、年歯を校うるなり」とあり、『左伝・定公四年』に「武王の同母弟八人あり、周公太宰となり、康叔司寇となり、季司空となり、其余の五人官無し。これ豈に年を尚ぶけんや」と見え、〔注〕に「徳を以て軽重の準とし、年歯を以て先後の序とせざるを示す」という。
また姓の一つ。『万姓統譜』に「明の永楽中に年当という者あり、懐遠の人にして、歴官して戸部尚書に至る」と見える。
また葉音に禰因切、紉と同音。『前漢書・叙伝』に「封禅郊祀、百神各その位に登らしむ。律呂を協し正朔を改め、この長き年を楽しむ」とあり、崔駰『襪銘』に「長く大福を楽しみ、億万年に至らん。皇天祖宗すでに佑け、福禄ここに到らん」という。
また『集韻』に乃定切、佞と同音。人名に用いる。『公羊伝・襄公三十年』に「年夫」と見え、『釈文』に「年、佞に読む」と注音し、『左伝』および『穀梁伝』の二伝は「佞夫」と作る。『集韻』また「𠈀」とも作り、唐の武則天の造字に「𠀑」と作る。
年の考証:また葉音に禰因切、民と同音とす。謹んで按ずるに、禰因切は「民」の読みに非ず。謹んで音義に従い、「民」を「紉」に改む。