靡

発音HI BI MI,NABIKU NAI
五行
画数19 画

基本情報

発音 HI BI MI,NABIKU NAI
五行
吉凶 なし
部首
簡体画数 19 画
繁体画数 19 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 1383 ページ)
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【戌集中】【非字部】靡;康熙筆画:19;頁碼:頁 1383 第 02 古文。【唐韻】文彼切。【広韻】文被切。【集韻】母被切。【韻会】母彼切。音は骳。【説文】披靡なり。【広韻】偃(たお)るなり。【左伝・荘公十年】其の旗の靡(たお)るるを望む。【史記・項羽本紀】項王大いに呼んで馳せ下れば、漢軍皆披靡す。【注】正義曰く、靡とは精気と形体が低垂するを言う。また【玉篇】侈靡とは奢侈なり。【周礼・地官・司市】政令をもって物の靡(しび)を禁じ市を均す。【注】靡とは侈靡を謂う。【礼記・檀弓】其の靡なること是の若し。【戦国策】専ら淫逸侈靡す。また【揚子・方言】私小なり。秦晋において靡と曰う。【注】靡とは細好なり。【司馬相如・上林賦】靡曼の美色後に在り。【注】張揖曰く、靡とは細なり。また【爾雅・釈言】靡とは無きなり。【書経・咸有一徳】命靡常なり。【詩経・邶風】靡日思わざる無し。【揚雄・解嘲】胥靡宰為す。【注】張晏曰く、靡とは無きなり。相師して無為をもって宰と為すを言うなり。また【玉篇】罪累なり。【詩経・周頌】爾が邦に封靡有る勿れ。【伝】封は大なり。靡は累なり。【疏】奢侈淫靡は即ち罪累なり。また【書経・畢命】商の俗靡靡たり。【疏】韓宣子紂をして師延に靡靡の楽を作らしめたりと称す。靡靡とは相随順の意なり。【史記・淮陰侯列伝】燕風に従いて靡す。また【儒林伝】靡然として風に郷(むか)う。また【史記・殷本紀】説は胥靡と為る。【注】靡とは随うなり。古者相随坐するは軽刑の名なり。また【詩経・王風】行邁靡靡たり。【伝】靡靡とは猶お迟迟たるが如し。また【史記・司馬相如列伝】敞望靡徙す。【注】靡徙とは正を失うなり。また【司馬相如・上林賦】登降施靡す。【注】施靡とは猶お連延なり。また【司馬相如・上林賦】明月珠子、玓瓅江靡す。【注】靡とは崖なり。また胥靡とは周の地なり。【左伝・定公六年】に見ゆ。また【礼記・月令】孟夏の月、靡草死す。【注】靡草とは荠・葶苈の類なり。また【集韻】【韻会】【正韻】忙皮切。音は麋。分つなり。【易経・中孚】我に好爵有り、吾爾と之を靡せん。【注】靡とは散ずるなり。分散して之を共にするなり。【集韻】通じて縻と作す。また【揚子・方言】靡とは滅すなり。【孟子】其の民を靡爛して而战わしむ。【前漢書・景十三王伝】日夜靡す。また【越語】王の躬身を靡す。【注】靡とは損ずるなり。【戦国策】寡人内に屈し、而して四国外に靡す。【荀子・君道篇】靡費の用無し。また通ず。【揚雄・反離騒】精琼靡と秋菊と。按ずるに離騒は本を作す。また【集韻】眉波切。音は摩。散ずるなり。また【左伝・成公二年】師靡笄の下に至る。【注】山名なり。【釈文】靡は字の如く、また音摩す。また【荘子・斉物論】物と相刃相靡す。【荀子・性悪篇】身日に仁義に進みて自ら知らざる者は、靡使然るなり。【注】磨は切るなり。【史記・淮南王衡山王伝賛】亦た其の俗薄く臣下漸く靡して然らしむるなり。また【集韻】莫加切。音は麻。収麻は県名にして益州に在り、外靡薬草の出ずる所なり。【前漢書・地理志】益州郡収麻県。【注】李奇曰く、靡は音麻す、即ち升麻にして杀毒薬の出ずる所なり。また【集韻】【韻会】縻詖切。音は媚。【集韻】偃るなり、曳くなり、散ずるなり。【前漢書・郊祀歌】衆嫭綽奇麗、顔荼の如く兆逐靡す。また【揚雄・甘泉賦】今朝廷純仁、道を遵り義を顕す。書林を并包し、聖風雲靡す。【注】師古曰く、靡は武義反す。考証:【前漢書・景十三王伝】日夜靡蓋す。謹んで原文に照らし靡蓋を靡に改む。

康熙字典現代語版

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