康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1377 ページ)
【戌集中】【雨部】霤。康煕筆画 18。頁碼 1377 上 22。『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「力救切」とあり、音は「溜」に同じ。『説文解字』に「屋檐より流るる水」と釈す。字形は「雨」に従い、「留」声なり。『礼記・玉藻』に「歩を正しくするときは、頤は屋檐の水のごとく直下に垂るべし」と記す。注に「歩速きときは体をやや前に傾け、頭を直に下げて前に向くべし。頤はまさに屋檐の水の垂るるがごとし」と釈す。『儀礼・郷飲酒礼』に「磬は階の間において屋檐の水の流れに従ひ、北面して置くべし」と記す。『礼記・雑記』に「喪服を着たる者、堂を下りて爵を受け、門内の屋檐の下にて礼服を整ふ」と記す。左思『呉都賦』に「玉堂は屋檐に対す」とあり、注に『礼記』の注を引きて「堂前に屋檐の水を受ける装置あり」と説く。また『礼記・月令』に「中霤の神を祀る」と記す。注に「中霤とは、すなわち屋室の中央なり。土神は中央を主り、その神位は屋室の中央に在り。古に重穴の居ありしかば、ゆえに屋室の中央を霤と称す」と釈す。疏に「土は五行の主なるがゆえに、その神位は屋室の中央に在り。中霤とは、即ち祀る所の土神なり。杜預『春秋』に註して曰く、『家に在っては中霤を祀り、野に在っては社を祀る』。また『礼記・郊特牲』に曰く、『一家の主は中霤を祀り、一国の主は社を祀る』。社も亦た中霤なり。古に重穴ありて、皆上に穴を開けて光を取りしかば、雨水これより滴り下り、後世これにより屋室の中央を中霤と称す」と釈す。また『礼記・祭法』に「中霤を祀る」と記す。注に「中霤の神は、堂室と居処とを主る」と釈す。また『韻会』に「溜」と通ずと記す。『前漢書・枚乗伝』に「泰山の屋檐より滴る水、石を穿つ」とあり。また葉音は「留」にして韻を協す。何晏『瑞頌』に「鳴く黄鳥、我が屋の中霤を信ず。茂れる禾苗、野に穂を吐く」と記す。