康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 227 ページ)
【丑集上】【土部】壘;康熙筆画:18;頁 227『広韻』力軌切、『集韻』『韻会』魯水切、音は藟。『説文』に「軍壘なり」とあり。『礼記・曲礼』に「四郊に壘多きは、卿大夫の辱なり」という。『周礼・夏官』に「量人、軍の壘舎を営むことを掌り、その市・朝・州・涂・軍社の里を量る」とある。また星名。『史記・天官書』に「虚の南の衆星を羽林天軍と曰い、軍の西を壘と為す」とある。また官名。『前漢書・百官公卿表』に「武帝、南越を平らげ、内に七校を増し、中壘その一なり」とある。また姓。後趙の壘澄、晋の梓潼太守壘錫などあり。また『集韻』に艮斐切。山の貌。また倫追切、音は纍。畏壘、山名。『荘子・庚桑楚』に「北に畏壘の山に居す」とある。また玉壘山、灌県の西に在り、唐の貞観年間、其の下に関を設く。『岑参の詩』に「玉壘天晴れて望めば、諸峰尽く低きを覚ゆ」とある。また重きこと。一に壮なる貌と曰う。『前漢書・鮑宣伝』に「魁壘の士」とある。また塚相次ぐこと。『張載・七哀』に「北邙何ぞ壘壘たる」とある。また累と同じ。『荀子・大略篇』に「其の係塁を憂えず」とある。また礌と同じ。『前漢書・李陵伝』に「壘石を下す」とある。また『広韻』呂切、『集韻』『韻会』列戌切、音は律。鬱壘、神名。『風俗通』に「上古に神荼・鬱壘の兄弟二人有り、東海度朔山の桃樹の下に在り、百鬼を閲す。其の理に循わざる者は、葦索を持ちて執え、虎に飼う」とある。『張衡・東京賦』に「度朔梗を作り、鬱壘以て守る。神荼副焉として、対して索葦を操る」。臘祭の夕に桃符を製するの制、此に由る。神荼、音は伸舒。