康熙字典解説
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【申集上】【艸部】蒯。康煕筆画 16。頁碼:頁 1049 第 27。『唐韻』に「苦怪切」とあり、音は「喟」に同じ。『左伝』成公九年に「絲麻有りとも、菅蒯を棄つべからず」とある。正義に曰く、「蒯は菅に類し、亦た菅の属なり」。『儀礼・喪服伝疏』に「履は蒲蒯の草履なり」とある。『礼記・玉藻』の注に「蒯席は粗にして、足を洗うに適す」とある。張衡『西京賦』に「草類には葴・莎・菅・蒯あり」とあり、注に「蒯はその繊維を取りて縄を作るべし」とある。また地名を指す。『左伝』昭公二十三年に「蒯を攻むれば、蒯の守兵潰ゆ」とあり、注に「即ち河南県の蒯郷なり」とある。また姓なり。『前漢書・蒯通伝』に「蒯通、范陽の人なり」とあり、また「蒯緱」あり。『史記・孟嘗君伝』の注に「蒯緱とは剣柄を纏うものを指し、即ち縄にて剣柄を巻くものなり」とある。また『韻補』に「苦対切」とあり、音は「塊」に同じ。『左伝』を引く際、「姫姜有りとも、蕉萃を棄つべからず」の句と押韻せんがために、この音に改むるなり。また『索隠・蒯成侯緤注』に『三蒼』を引きて、音は「裴」なりとある。考証:『左伝』成公八年に「絲麻有りとも、菅蒯を棄つべからず」とある。注に「毛詩疏に曰く、菅は蒯に類し、亦た菅の属なり」とある。謹んで原文を査するに、「八年」を「九年」に改むべし。「注に毛詩疏に曰く」を「正義」に改むべし。「菅と蒯」を「蒯と菅」に改むべし。注に「蒯席」とある。謹んで此処は『礼記・玉藻』の注にして、『喪服』の注に非ざるを核查し、故に「注」字の前に「礼玉藻」の三字を増すべし。