康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1299 ページ)
【戌集上】【金字部】鈞;康煕筆画:12;頁碼:1299 頁第 10。古文に銞と作る。【唐韻】居勻切、【集韻】【韻会】規倫切、音は均なり。【説文】に「三十斤なり」とあり。孟康曰く「一万一千五百二十銖なり」。【書・五子之歌】に「関石和鈞」とあり。疏に「三十斤を鈞とし、四鈞を石とする。鈞石は天下の重軽を一にし、民の信を立てる所なり」という。また【集韻】に「一に曰く陶旊の輪なり」とあり。【正字通】に「陶人の模の下にして円転する者を鈞と為す」とあり。【前漢・賈誼伝】師古註に「陶家は転ずる者を鈞と名づく。蓋し周回して調均するの義を取るなり」とあり。また大鈞は天なり。【前漢・賈誼伝】に「大鈞物を播じ、坱圠垠なし」とあり。註に如淳曰く「陶者は器を鈞の上に作す。此れ造物を以て大鈞と為すなり。造化の人を作るも、亦た陶の瓦を作るが猶ごときのみ」という。また杜甫の詩に「八荒寿域を開き、一気洪鈞を転ず」とあり。また楽の名なり。【張衡・西京賦】に「鈞天広楽を饗し、帝酔うこと有り」とあり。また剣の名なり。【淮南子・覧冥訓】に「淳鈞の器成る」とあり。註に「淳鈞は古剣なり」という。また地名なり。【左伝・昭四年】に「夏啓鈞臺の享有り」とあり。註に「河南陽翟県の南に鈞臺陂有り」という。また水名なり。【前漢・霍去病伝】に「鈞耆を渉る」とあり。註に「鈞耆は水名なり」という。また姓なり。【風俗通】に「楚の大夫元鈞の後なり。漢に侍中鈞喜有り」という。また均と同じ。平らかなり。【詩・大雅】に「四鍭既に鈞なり」とあり。註に「矢鏃重く羽軽し。必ず参亭して之を三分し、一を前にし二を後にして、平均を得るなり」という。また等なり、同じきなり。【左伝・成六年】に「善鈞なれば衆に従う」とあり。註に「鈞は等なり」という。また【襄二十六年】に「多く鼓して声を鈞くす」とあり。註に「鈞はその声を同じくするなり」という。【集韻】に或いは書してと作る。