【辰集上】【木部】桀;康煕筆画:10;頁碼:524 頁下段 15 行
古文献に曰く:【唐韻】渠列切、【集韻】巨列切、音「杰」に同じ。肢体を分裂させる酷刑を指す。『周礼』においてはこの刑を「疈辜」と称す。古人は凶暴狡獪なる人を「桀」と呼びたるは、その残虐さ磔刑に似たるが故なり。また【諡法】に曰く、多く無辜を殺すを「桀」と謂う。「扛挙」の義もあり。【左伝・成公二年】に斉の高固、石を挙げて敵に投ずとあり。また「俊傑」の「杰」に仮借す。【弁名記】に曰く、千人の中に秀でるを「英」とし、万人の中に秀でるを「桀」とす。また「桔桀」あり、高く突き出たる様を形容す。【張衡・西京賦】に「燾奡桔桀」の句あり。また鶏の棲むる杭を指す。【詩経・王風】に「鶏、桀に栖む」とあり。古字は「

」に作り、俗字は「榤」と作る。また姓とする。【姓苑】に曰く、漢に桀龍あり、宋に桀路分あり。また【集韻】に其謁切、音「竭」に同じ。義同じ。また【韻会】に巨列切、【正韻】に古屑切、音「結」に同じ。「桀桀」は草木の茂盛なる様を形容す。【詩経・斉風】に「維莠桀桀」の句あり。
考証:【左伝・成公二年】の原文「斉高国桀石以投人」は、信頼すべき版本により「国」を「固」に改む。【張衡・西都賦】は、信頼すべき版本により「都」を「京」に改む。