康熙字典解説
【広韻】に「互」の字あり、俗体は「㸦」と作る。韓愈の【張籍・張徹に贈る詩】に「交驚舌㸦舚」とあり、柳宗元の【夢帰賦】に「㸦参差之白黒」とある。注に「㸦は即ち互の字なり」と説く。【唐韻正】に曰く、【周礼・牛人】の篇に、凡そ祭祀に牛牲を供するに「互」を用ゆとあり、徐邈の音は「㸦」に作る。【詩経・楚茨】の伝に、或いは「互」に陳ぶとあり、孔穎達の正義もまた【周礼】の文を引きて、誤って「牙」と作れり。陳祥道の【礼書】に、「互」と「牙」は古字通ずと云うは非なり。【中山詩話】に曰く、古は「駔儈」と称し、今は「牙」と称すと云うも亦非なり。劉道原が曰く、本は「互郎」と称し、互市を掌れり。唐人「互」を「㸦」と作り、「㸦」の字形「牙」に似たるが故に、訛って「牙」と為れり。旧唐書の【史思明伝】には「互市郎」と作り、【安禄山伝】には「互市牙郎」と作る。蓋し後人「牙」の一字を加えたるなるべし。今【資治通鑑】にも亦「互市牙郎」と作る。【漢書・劉向伝】に「宗族磐互」とあり、顔師古が曰く、字或いは「牙」と作り、犬牙の如く錯雑するの義なりと。同書【谷永伝】に「百官盤互」とあり、注亦同じ。これ由りて観るに、昔人は「㸦」を以て「互」の字と為し、後に転じて「牙」と為れり。顔師古の説は牽強附会の解なるのみ。〇按ずるに、史書中に「牙」を以て「互」の字と為すこと一処に止まらず。【唐韻正】深く其の誤りを弁じ、かつ古碑碣中に「互」を「㸦」と作る例を引きて甚だ詳らかなり。皆明瞭にして据るべき所あり、宜しく之に従うべし。大概「牙」に相互錯雑の義あるが故に、「互」の俗体借りて「㸦」と為し、「牙」部に附す可し。若し直ちに「互」を「牙」と書き、かつ「牙」の音に読むならば、則ち誤りなり。