康熙字典解説
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【寅集下】【干字部】幹;康熙画数 13、頁 339。『唐韻』古案切、『集韻』『韻会』居案切、『正韻』古汗切。音は「干」の去声にあたる。『類篇』に「幹は事を執るの能なり」とあり。『易・蠱卦』に「父の蠱を幹す」とあり。注に「父の業を継ぎ、先人の規矩に従うは、堪え得る者なり」という。また『玉篇』に「幹は物の主なるもの」とあり。『易・乾卦』に「貞は事の幹なり」とあり。また草木の主茎を幹という。『詩詁』に「木の旁生ずるを枝と為し、中正しく長く伸びるを幹と為す」とあり。また凡そ器物の主なる部分を皆幹という。『礼・月令』に「羽箭の幹」とあり。注に「幹は器物の主なるもの」という。疏に「器物の材坯を総べて幹と称す」という。『周礼・冬官考工記』に「荆の幹」とあり。注に「柘木を指し、弓弩の幹に用うべし」という。また十天干は本래「幹」と書く。『広雅』に「甲乙は幹なり。幹は太陽の精霊なり」とあり。また脇を指す。『公羊伝・荘公元年』に「其の脇を折って之を殺す」とあり。『爾雅・釈畜』に「旋毛脇にあるを茀方と謂う」とあり。疏に「旋毛脇に長ずるを名づけて茀方と曰う」という。また奇幹は国名なり。『汲冢周書』に「奇幹善芳」とあり。注に「奇幹は北方に在り。善芳は鳥の名なり」という。また『韻会』に「幹は脊骨を指す」とあり。『左伝・昭公二十五年』に「惟だ此の棺中に屍を墊くる板ありて、屍の脊骨を承くるに用うるのみ」という。また姓なり。『万姓統譜』に「『姓苑』に見ゆ」とあり。宋の時、西夏に幹道沖あり。其の祖先は夏国の王に従い興州に移り、世々夏国の史書を掌れり。道沖は五経に通じ、蕃漢教授に任じ、官は中書宰相に至る。元に幹勒忠あり、女真・契丹の文字を学び、法律に通じ、官は同僉枢密院事に至る。また『集韻』『正韻』に河干切、音寒と同じと読む。『集韻』に「幹は井欄を指す」とあり。『韻会』に「幹は井上の木欄なり。其の形四角あるもあり、八角あるもあり。また銀床と亦称す」とあり。『荘子・秋水篇』に「我、井欄の上に跳躍す」という。また楼の名なり。『前漢・郊祀志』に「武帝、井幹楼を造る。高さ五十丈」とあり。注に「木を累積して高楼を建て、形井欄に似たり」という。『班固・西京賦』に「井幹楼に登ること未だ半ばならずして、目眩み心惑う」とあり。また『韻会』に「管」と通ずとあり。『前漢・劉向伝』に「石顕、尚書の事を幹す」とあり。注に「師古曰く、幹は管と同じ」という。『後漢・竇憲伝』に「内に機密を管す」とあり。注に「幹は古に管と通ず」という。また叶音九件切、音蹇と同じ。『揚子・太経』に「井に欄なくば、水直ちに漫流す」とあり。また叶音経電切、音見と同じ。『蘇轍・墨君堂詩』に「中堂の粉壁に、蕭瑟として霜帯ぶる竹竿を描く。意に従って竹の神韻を表し、筆の落つる処皆青翠鮮明なり」という。