康熙字典解説
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〔古文〕『唐韻』『集韻』『韻会』『正韻』に「符分切」、音は「汾」。『説文』に「墓なり」。『礼記・檀弓』に「古は墓して墳せず」。注に「土の高く起るを墳と曰う」。『衡山志』に「楚の霊王の時、衡山崩れ、祝融の墳毀ち、中に営丘九頭図あり」。『張衡・思賦』に「黎氏の頽れる墳を見る」。注に「有黎とはすなわち祝融なり」。
また水辺を墳と曰い、大なる堤防にして水を防ぐものなり。『詩伝』に「商の紂王道なく、商人周の文王を慕ってこれに帰し、『汝墳』の詩を作れり」。
また『白虎通』に「三墳とは分けるの義なり。天・地・人の三才の分を論じ、天地人の道の始まれなり」。『孔安国・尚書序』に「伏羲・神農・黄帝の書を三墳と称し、大なる道を語る」。『左伝・昭公十三年』に「左史倚相、よく三墳・五典・八索・九丘の古書を読む」。
また大なるの義。『周礼・秋官』に「司烜氏墳燭(大火炬)を供す」。
また「羵」の字と同じ。『魯語』に「土中の怪を墳羊と曰う」。
また『広韻』『正韻』に「房吻切」、『集韻』『韻会』に「父吻切」、音は「憤」。土の肥沃にして膏腴なるを指す。『書経・禹貢』に「白墳、黒墳、赤埴墳」。詳しくは「土」の字の注に見ゆ。
また『集韻』に「部本切」、音は「笨」。土の沸騰するが如く隆起せるを指す。『左伝・僖公四年』に「魯の僖公土地の神を祀り、土隆起す」。考証:〔『周礼・春官』に「司烜氏墳燭を共す」〕謹んで原書に従い、「春官」を「秋官」に改む。