康熙字典解説
康熙字典の原典を見る(第 1433 ページ)
【亥集上】【馬部】馮;康煕筆画:12;頁碼:1433 頁 11 行目
古文は「淜」に作る。
【広韻】扶冰切、【集韻】【韻会】皮冰切、音は「憑」に同じ。
【説文】馬の走る速きを指す。
また【玉篇】乗る、凌ぐ、登るの意味あり。
【易・泰卦】に「包荒用馮河」とある。
【疏】に「用馮河」とは、舟なくして水を渡り、徒らに渉って河を越ゆること、これ愚なる者の所為なり。此の卦の九二は包容接纳する能く、故に「用馮河」と言う。
【爾雅・釈訓】に「馮河」とは、徒渉なり。
【疏】『小雅・小旻』に「不敢馮河」とあり。毛伝に曰く、「馮は陵なり」。然れば空身をもって水を渉り、波を踏みて渡るが故に、「馮」を「陵(凌越)」と訓ずるなり。
また【周礼・夏官・大司馬】に「馮弱犯寡則眚之」とある。
【註】馮は欺凌を指す。
また「馮馮」は、城郭堅固なる声を形容す。
【詩・大雅】に「削屢馮馮」とある。
【伝】牆を削りてこれを修むる時に発する「馮馮」の声なり。
【朱伝】「削屢」とは、牆既に成った後、反覆して削治してこれを平らにするを指す。「馮馮」は牆堅固なる声なり。
また「馮依(依靠)」の「馮」に仮借す。
【詩・大雅】に「有馮有翼」とある。
【伝】頼むべき者あり、輔けるべき者あり。
また【揚子・方言】に、馮は怒りの意なり。楚地にてはこれを「馮」と呼ぶ。
【註】馮は、憤怒盛んなる様なり。
【左伝・昭公五年】に「今君奮焉、震馮怒」とある。
また倚仗し、自負するを指す。
【史記・伯夷伝】に「衆庶馮生」とある。
【註】馮は即ち倚仗なり。意は衆人の常情、大抵その生命を倚仗し重んずるに在り。
また【荘子・盗跖篇】に「富人侅溺於馮気、若负重行而上也」とある。
【註】呂吉甫曰く、馮とは資財多きを倚仗して気焰驕横満溢せるを謂う。旧注「馮」を「憤」に読むは非なり。
また満足せず、鬱結するの意を指す。
【張衡・西京賦】に「惟帝王之神麗、懼尊之不殊。雖斯宇之旣坦、心猶馮而未攄」とある。
【註】宮室神妙荘厳なるは、以て尊卑を別つるなり。故にこの屋宇広く平坦なれども、心情なお鬱結して未だ攄げざるなり。
また古代の郡名なり。
【前漢・地理志】「左馮翊」の註に、元は秦の内史にして、太初元年に改名せりとある。
また「馮乗県」あり、蒼梧郡に属す。
また官名なり。
【周礼・春官・宗伯】に「馮相氏」とある。
【註】馮は乗の意、相は視の意。天象を観測するの職なり。
また「馮夷」あり、神名なり。
また【集韻】披耕切、音は「怦」に同じ。「馮」は宏大の意。一説に虚空広闊を指すとも。
また【唐韻】房戎切、【集韻】【韻会】符風切、【正韻】符中切、音は「逢」に同じ。
【玉篇】姓なり。
【韻会】例えば鄭国の馮子の如し。
また【集韻】皮命切、音は「病」に同じ。拠るの意なり。
また父吻切。「憤」に同じ。煩悶の意なり。
考証:
【爾雅・釈訓】「馮河、徒渉也」。【疏】『小雅・小旻』、「不敢馮河」。毛伝に云く、「馮、陵也」。然れば豈に水を渉り波を陵げて渡るや、故に馮を陵と訓ずるなり。謹んで原文の「豈涉水」を「空涉水」に改む。
【張衡・西京賦】「心猶馮而未慮」。謹んで原文の「未慮」を「未攄」に改む。
また郡名。【前漢・地理志】「左馮翊」。謹んで原文の「左馮翊」の下に「註」の字を増す。