【唐韻】【正韻】は房吻切、【集韻】【韻会】は父吻切にして、墳の上声に読む。【説文解字】に「煩悶なり」と釈す。字形は心に従い、贲声なり。【周語】に「陽瘅憤盈」という句あり。【注】に曰く、「これ積聚の義なり。鬱結して怒気満つるを指す」と。
また【集韻】に、時に「

」と作り、また「贲」とも作ると載す。【礼記・楽記】に曰く、「宏大にして贲揚する音楽興れば、民は剛強堅毅となる」と。【音義】は註に従って「憤」に読み、音は扶粉反なり。
また「馮」とも作る。【荘子・盗跖篇】に「侅溺して馮気に於く」という句あり、郭象まさにかく読む。
また【韻会】【正韻】に房問切と載せ、音「分」と同じし、義は満つるなり。【論語】に曰く、「苦思して解せざるに至らざれば、これを啓発せず」と。また【論語】に曰く、「憤を発して学に務め、食を忘るるに至る」と。◎按ずるに、註は上声に読むも、字書には上声・去声の二読あり。また葉符筠切にして、音「焚」と同じ。【蘇轍・范鎮を祭る文】に曰く、「力めて諫むれども聴かれず、遂に臣となるに至る。門を開いて士を迎え、怨みずまた憤まらず」と。【説文解字】に「

」は「憤」の本字なり。「憤」の字は芔に従って作る。