殿

殿

発音TEN DEN,TONO DONO SHINGARI
五行
吉凶
画数13 画

基本情報

発音 TEN DEN,TONO DONO SHINGARI
五行
吉凶
部首
簡体画数 13 画
繁体画数 13 画

命名の意味

康熙字典解説

康熙字典の原典を見る(第 586 ページ)
康熙字典の原典を見る(第 586 ページ)
【辰集下】【殳部】殿;康煕筆画:13;頁碼:586 頁 09 行 『唐韻』『集韻』『韻会』堂練切、『正韻』蕩練切、音「電」に同じ。高大なる堂屋を指す。『初学記』所収『倉頡篇』に曰く、「殿とは大堂なり」。商周以前にはこの名称の記載なし。『史記・秦始皇本紀』によれば、前殿を造営し始めたり。『漢書』には甘泉・函徳・鳳凰・明光・皐門・麒麟・白虎・金華など多くの殿名あり。歴代の殿名は沿襲せるものもあれば変革せるものもあり、唯だ魏の太極殿のみ、晋以後は正殿すべてこの名を称す。『摯虞・決疑要注』にその制を詳らかにす。階あり、右は階(墄)、左は平らかなる斜坡(平)なり。平は文様ある磚を以て順次に敷き、墄は一級一級の階段なり。九錫の礼に「納陛」の項あり、謂わくこの階を受けて殿に昇るべしと。顔師古曰く、古来高大なる房屋は皆殿と称し、必ずしも宮中の建築に限らず、と。『前漢書・黄覇伝』に、諸郡国より状況を上奏する官吏に条対せしめ、孝子を挙ぐる者あれば先ず殿に上らしむ、とあり。〔注〕殿とは、ここに丞相の執務する屋舎を指す。今は唯だ皇帝の居所のみを殿と称す。また重殿あり。前殿と後殿を有するをいい、これ天子の制なり。『前漢書・佞幸伝』に「重殿洞門」と見え、皆是れ礼制を僭越せるを言う。また休息・閑宴に供する殿を便殿という。『師古・漢書注』に曰く、便殿・便室・便坐と称するものは、みな正式にして厳粛なる場所に非ず、安便を図るがために設けるなり、と。また飛行殿あり、輦車の名なり。『王嘉・拾遺記』に、漢の成帝夜遊を好み、飛行殿を製造せり。方一丈、今の輦車のごとく、羽林の士を選んでこれを背負わせ疾走せしむ。皇帝輦上に在りて、中に風雷の声あるがごとく聞こゆれば、雲雷宮と名づく、と。また「殿下」の称あり、「陛下」に次ぐ称谓なり。『葉適・石林燕語』に曰く、礼制により唯だ天子のみ「陛下」と称すべく、「殿下」は諸侯みな通じて用うるべし。唐初年の制に至り、唯だ皇太子・皇后に対して百官上疏の際に殿下と称し、今に至るまでこの規矩を沿襲す、と。又『広韻』都甸切、『集韻』『韻会』『正韻』丁練切、音「念」に同じ。軍の前部を「啓」、後部を「殿」という。『左伝・襄公二十六年』に、析公晋に亡奔す。晋人これを兵車の後部に安置し、主要なる謀士となさしむ、と。また軍敗退の際、後方にあって掩護するを殿という。『左伝・宣公十二年』に、晋の随季(すなわち随武子・士会)その部隊を掩護して退く、と。また功を考課し、上等の功を「最」、下等の功を「殿」、戦功多きを「多」という。『史記・絳侯世家注』に見ゆ。また『前漢書・宣帝紀』に、丞相・御史官員の政績を考評して殿最の等級を定む、と。〔注〕師古曰く、殿とは考課にて後列に在るをいい、最とは考課にて最先に在るをいう、と。『春秋繁露』に、考試の方法は九等に分ち、三三を以て排列す。一等を最とし、五等を中とし、九等を殿とす、と。また鎮守・安定の義あり。『詩経・小雅』に「天子の邦国を安定す」とあり。『毛伝』に曰く、殿は鎮守の義なり、と。正義に曰く、行軍にて後方に在るを殿といい、その鎮重にして陣を押さえるの意を取る、と。『左伝・成公二年』に、この車一人にて後方に鎮守せば、事を成すべし、と。また『爾雅・釈訓』に、殿は呻吟の義なり、と。〔注〕呻吟の声を指す。『詩経・小雅』に「百姓まさに痛苦して呻吟す」とあり。『説文解字』は「唸」と作る。『集韻』に或いは「下心」と作る。『説文解字』の本義は敲击の声にして、元は「𠮟」と作る。堂殿の本字は「𡉵」なり。今「殿」の字を相沿用いること久しく、改めて正すべからず、ここに附記す。「殿」の字源は「口」に従い「屎」に従って成る。「殿」は時に「殿屎」とも作る。

💡 康熙字典現代語版

扫码使用更多功能

康熙字典小程序

康熙字典小程序