【寅集下】【干部】幷;康熙筆画 8;頁碼 340 頁 07 行。『唐韻』府盈切、『集韻』『韻会』盈切、『正韻』補明切。音は「餅」の平声。『説文解字』に曰く、本字は「

」にして、二人に従い、幵を声とす。一説に、手に二つの干を持ちて「

」を成すとし、隷書の変体として「幷」と書く。義は相従い、併せるなり。『周礼・冬官考工記』に、「輪人車を造るに、材の大小みな強いて合わせるべからず」とあり。注に曰く、ここにおける「幷」とは、偏斜して不正に強いて拼凑するを謂う。また『広韻』に、「幷」は合わせ、結合するの義と釈す。謝霊運『初去郡詩』に、「巖傍に廬を築き躬耕に代ふ。自ら許すと雖も、心跡未だ尙ほ幷ならず」とあり。また『玉篇』に、「幷」は兼併し、同じきの義あり。また州名なり。『尚書・舜典』に、「肇めて十有二州を有つ」とあり。注に曰く、舜冀州を分けて幽州・幷州を置けり。『広韻』に、春秋には晋に属し、後に趙に帰し、秦にて太原郡と為し、魏改めて幷州を置く。『韻会』に、唐にては太原府なりとあり。また姓なり。『広韻』に、『姓苑』に出づとあり。『万姓統譜』に、幷韶という者文才ありしかど、吏部幷姓に古来の賢人なきを以て、その選抜の等級を下げたりとあり。また『広韻』『集韻』『韻会』に正切、『正韻』に陂病切。音は「餅」の去声。『広韻』に、「幷」は専断し独揽するの義と釈す。『礼記・檀弓』に、趙文子曰く、「陽處父国に在りて幷して固し」とあり。注に曰く、「幷」とは専断の義なり。性剛硬にして独断専行するを指す。『釈文』に、「幷」の音は必正反とあり。また「併」の字と同じ。『集韻』に、「倂」は時に略して「幷」と作るとあり。賈誼『過秦論』に、「八荒を幷呑す」とあり。謝霊運『擬鄴中詩序』に、「天下の良辰・美景・賞心・楽事、この四者幷び難し」とあり。また『韻会』に、「偋」と通ずとあり。『荘子・天運篇』に、「至貴なる者は国の爵を幷す」とあり。注に曰く、「幷」とは棄て去るの義なり。また葉陽切、音は旁。張籍『祭韓愈詩』に、「偶に賈秀士あり、来りて亦た相幷ぶ。舟を移して南渓に入れ、東西随意に篙を撑ぐ」とあり。字の本形は下と幵に従う。また「并」とも作る。考証:『書・舜典』「肇めて十有二州を有つ」。謹んで原文に従い、「有十」を「十有」に改む。